三月、旧暦ではこの月にお釈迦様がお亡くなりになった日にちなみ涅槃会(ねはんえ)を催されますが、私がつとめていますお寺では十六年ごとに大涅槃会の当番が回ってきます。大きな塔婆をこしらえて建てるのですが今回は檀信徒のUさんが名乗りをあげてくださりました。
塔婆とはお墓などで見かける長細い板にお経や戒名が書かれているものです。Uさんの山にちょうどよい杉があるからと思い切って寄進してくださったのでした。大きな塔婆をつくる杉に成長するにはどれほどの時間がかかっているのでしょう。礼を尽して大杉にお経をあげました。
さて、仕事に入った木こり職人さんへのねぎらいでUさんが一席設けたそうで、話を聞いた女将が「それはたいへんな徳を積まれたことですね。ご先祖様が植えて代々育てられた山の木を今度は供養に子孫が使うとは。きっとご先祖様もよろこんでらっしゃいますよ。」と話が盛り上がったそう。ただ、女将さんもついつい気になってしまい、私に「そういう話をしてしまったんだけど、和尚さん知った風なことをいってしまい大丈夫でしたか?」と聞かれました。
私は「ああ、結構なことですよ。ご縁の巡りがこんな形でもあるのですね。Uさんも納得していただけて楽しい席になったのですし本当によかったです。」とお答えしました。
『一見卒塔婆永離三悪道(いっけんそとうばようりさんあくどう)』という言葉があります。一度でも卒塔婆を見ることができれば永久に地獄、餓鬼、畜生の三悪道の苦しみから離れることが出来るという意味です。恨み、辛み、憎しみの心にとらわれてばかりいると人生は地獄そのもの。塔婆とはだれかを供養をしようと願い、やさしい心を起こした証です。その心こそお釈迦様の伝えられた自分自身が持っている安らかな世界に他なりません。
どうぞみなさまも塔婆を見る機会があればきっとそのやさしい気持ちが伝わってくることと思います。おのずと手を合わせる姿にも尊いみほとけの教えがあるわけですね。
宗務所