12月の法話「慈悲の心」
皆さんこんにちは。今月は慈悲の心の象徴である観音様についてお話したいと思います。
観音様は正式には観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)と言いまして、観とは心の奥底まで見通せる目のことであり、世音とは世の中の音であり、私達の発する苦しみや悲しみの声であります。
観音様はそんな私達の声を聞き漏らさずに、救ってくれる慈悲の仏様であります。
観音様がそんな慈悲の心をお持ちになる由縁のお話をご紹介します。
昔、インドの南天竺という所に早離(そうり)と速離(そくり)という幼い兄弟がいました。
二人の母親は彼らが幼い時に亡くなり、父親も飢饉が訪れた時に食糧を探しに行ったまま帰らぬ人となりました。
両親を亡くして嘆き悲しむ二人にある悪い男が来て、こう言います。
「君達の父親がある島で見つかったから、連れて行ってあげよう。」
その男は島に着くと、ここで待っているからと船着場に二人を降ろしました。
二人は大喜びで父親の名前を呼びながら島中を回りました。しかしどこにも父親は見当たりません。
慣れない岩場を走り回り、疲れ果て、このままでは自分達の命も危ないと思い、二人は一度戻る決断をしました。
必死の思いで船着場に戻ると、そこにはもう誰もいませんでした。二人はそこで騙されたことに気づきます。
しかし、もう助けを呼ぶ体力もありません。二人はそこで死を覚悟しました。
そんな時、弟の速離がこう言います。
「兄さん。なんで僕達はこんな辛い思いをするのだろうか。僕は必ず生まれ変わって、僕らを騙した人やこの社会に復讐しようと思う。」
その言葉を聞いた早離は弟にこう言います。
「確かにこんな不幸な兄弟はいないのかもしれない。でも、そのお陰で辛く悲しい人達の気持ちがすごく分かるようになったじゃないか。どうせ生まれ変わるのなら、僕達のように辛く悲しい体験をしている人達を救う支えになろうじゃないか。」
兄のその言葉に改心した速離は、もし生まれ変われるのならば、兄さんと一緒にたくさんの人を救うと誓いました。
二人はこの世の苦しみや悲しみを全て受け止め、その島で亡くなりました。
そして、生まれ変わったのが、兄が観音様で、弟が勢至菩薩(せいしぼさつ)という仏様だと言われています。
同じ気持ちが分かる観音様だからこそ、いつでも優しい慈悲の心で私達を救ってくれるのであります。
苦しみや悲しみの経験は私達の日常にも起こりうる事であります。
どうしても自分中心に考えてしまいがちですが、私達も常に観音様のような心を持ちながら、互いに優しさで支え合っていきたいものであります。
宗務所